「この時代には何があったんだろう?」、「この時期にこの地方ではどういうことが起きていたんだろう?」。

そういった些細な疑問を解決したくてこのページを作ってみました。

歴史データ

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中世

室町時代(南北朝時代)

延元 元年(1336年)

延元 3年(1338年)

興国 4年(1343年)

静岡県
中部
静岡市
巨鼇山 清見寺
足利尊氏、日本十刹の第七位に列し利生塔を建立。
出典:清見寺 パンフレットより

正平 15年(1361年)

静岡県
東部
伊豆の国市
国清寺
畠山國清(室町幕府有力者)が関東管領に背き、鎌倉から伊豆奈古谷へ移住。翌春、寺を建立し「清寺」と称する。
出典:国清寺 パンフレットより

正平 22年(1368年)

静岡県
東部
伊豆の国市
国清寺
出典:国清寺 パンフレットより

明徳 元年(1390年)

静岡県
東部
沼津市
石雲山 龍音寺
旅の僧・覚が白い苔をまとう霊石「石雲」を発見し、庵を結んで石雲庵と称する
出典:龍音寺 パンフレットより

元中 9年(1392年)

室町時代

正長 元年(1428年)

静岡県
東部
伊豆の国市
国清寺
出典:国清寺 パンフレットより

永享 4年(1432年)

静岡県
中部
静岡市
巨鼇山 清見寺
足利義教、今川氏のもてなしで清見寺に来遊。
出典:清見寺 パンフレットより
伊豆(賀茂)
河津町
南禅寺(伊豆ならんだの里)
山津波により南禅寺が倒壊、仏像群埋没
出典:伊豆ならんだの里 河津平安の仏像展示館資料より
東部
伊豆市
狩野城跡
狩野景信(かげのぶ)、将軍足利義教の御前で「富士の正図」を描き才能を認められる
出典:狩野城の会 パンフレットより

嘉吉 元年(1441年)

室町時代(戦国時代)

応仁 元年(1467年)

文明 17年(1485年)

長享 2年(1488年)

静岡県
東部
沼津市
興国寺城跡
出典:沼津市公式HP「興国寺城跡」ほか

延徳 3年(1491年)

静岡県
東部
伊豆の国市
国清寺
北条早雲が堀越御所を攻め、以降、國清寺は衰退。鎌倉五山・瑞鹿山円覚寺の末寺となる。
出典:国清寺 パンフレットより
願成就院
足利茶々丸が北条早雲に攻め滅ぼされ、堂塔の多くが焼失。
出典:願成就院 パンフレットより

延徳 4年(1492年)

静岡県
東部
伊豆の国市
国清寺
出典:国清寺 パンフレットより

明応 2年(1493年)

静岡県
東部
沼津市
興国寺城跡
伊勢新九郎盛時(北条早雲)、伊豆韮山の堀越公方足利茶々丸を襲って伊豆国を攻める。
出典:沼津市公式HP「興国寺城跡」より
伊豆市
狩野城跡
北条早雲(伊勢新九郎)との戦いで狩野城落城、狩野氏の政治的勢力終焉
出典:狩野城の会 パンフレットより
伊豆の国市
江川邸(韮山代官所跡)
北条早雲の伊豆進出。23代江川英住が韮山城築城に協力。
出典:江川邸 パンフレットより

明応 7年(1498年)

伊勢新九郎盛時(北条早雲)、深根城(下田市)を落とし伊豆を平定

永正 3年(1506年)

静岡県
西部
袋井市
安養山 西楽寺
大規模な復興が行われる。
出典:西楽寺 パンフレットより

永正 4年(1507年)

静岡県
中部
静岡市
金平山 寶臺院
出典:法台院 パンフレットより

永正 7年(1510年)

静岡県
東部
沼津市
石雲山 龍音寺
越渓麟易(真興正続禅師)が寺を再興し、石雲山龍音寺として曹洞宗寺院となる
出典:龍音寺 パンフレットより

※主な参考資料

データの表示順位

各データは以下の順で並んでいます。

  • 時代1(大分類:古代、中世など)
  • 時代2(小分類:平安時代、江戸時代など)
  • 年(元号による分類)
  • 日本の歴史(教科書などに出てくる歴史の大きな事象)
  • 都道府県
  • 地域
  • 市区町村
  • 場所

軸となる”日本の歴史”部分は、年ごとのデータの中で優先的に最初の方に表示するようにしました。